カラッ、とか。ガラガラ、とか。
本来そういう音をたてるべきであろう教室のドアがガコォン!!と勢いよく開かれて、おしゃべりをしながら友人が戻ってくるのを待っていた乱太郎としんべヱは思わずびくりと体を震わせた。
反射的に向けた視線の先に待っていた友人がいるのを見て、「きりちゃん!」と乱太郎は眉を吊り上げた。

「そんな乱暴にドア開けないでよ!びっくりしたじゃない!!」
「そうだよ〜きり丸。心臓に悪いよー」
「あ、悪ィ。いやいやでもそれどころじゃねえんだって!お前らだってこれ聞いたら俺の気持ち分かるから!お前らが俺でも絶対俺と同じようなことしてたから!!」

ちょっと申し訳なさそうな表情から一転、ずずいと真面目な顔で詰め寄って、自信満々にきり丸は言った。それを聞いた二人は目をぱちくりさせて、顔を見合わせて、それからこてんと首を傾げた。

「え、どうしたのー?」
「全然心当たりないし、予想つかないんだけど…」
「なんたってまさかまさかの展開だからな…予想できたらもう人間じゃねえと俺は思う」

そこまで言うか、というほどきっぱり言い切ったきり丸の様子にどうやら好奇心を擽られたらしい。
それで一体どうしたの、と先ほどよりも熱を込めた声で聞いてきた二人に満足げに頷いて、きり丸は平常よりも若干低い声で、この異常事態を告げた。

「滝夜叉丸が今週の日曜日に彼女と動物園でデートするらしい」

大川学園中等部2年生の校舎に、まるで幽霊でも見たかのような悲鳴が響き渡った。



*****



「なんだって!!?」

大川学園高等部2年、理系クラスのトップである田村三木ヱ門は、自称アイドルである彼にあるまじきことに、ぽかんと間抜けな顔を晒した。

「そ、そんな…嘘だ……」
「でで、でもでも、皆噂してるよ!?」

あわあわしながら言い募るタカ丸を、三木ヱ門はきっと睨みつけた。

「嘘だ、嘘に決まってる!そもそもニュースソースは何処だ!?個人情報だぞ、そんな簡単に入手できるわけがないだろ!」
「そ、そっか。そうだよね、普通そんなこと知ってるわけが」
「あ、ぼく知ってる。乱太郎たちだってー」
『………あー』

横で二人を傍観していた喜八郎が告げた言葉に、なんか納得できてしまった。

「確かに、乱太郎達ならそのくらいの情報手に入れられそうだよね…何故かすごく顔広いもん」
「あそこはクラス丸ごと自他共に認めるトラブルメーカーだから。」
「だからと言って認められるかッ!!?どうせデマだ嘘だ所詮噂だ!あいつらのことだどこかで話の内容が摩り替わってるに違いない!―――なんだかんだ言って、アイツは各科目トップの学年主席で私のライバルなんだぞ!?なのに、なのに…ッ」

感情が昂っているのか、三木ヱ門の目は潤んでいるような気がしなくもない。そして彼はわあっと両手で顔を抑えて今にも泣きそうな声を上げた。

「友達及び彼女いない暦=年齢という現実に耐えられなくなった滝夜叉丸がとうとう幻覚を見るようになって、実際には存在しない妄想の彼女と日曜に動物園デートをするなんて言い出すまでに至ったなんて……ッ」

――確かに、だいぶ捻じ曲がっていた。
旧一年は組は現代においても、伝達している情報が途中で妙な具合に事実からかけ離れていくお約束が顕在のようだ。

「流石に哀れだね」
「うん、滝夜叉丸くん、まさかそこまで…なんか僕まで泣きそう」
「そしてそんな滝夜叉丸のライバルかつ、各教科で負けている(現在進行形)三木ヱ門も哀れだね」
「言うなあああああああ!!!!!」

痛いところを喜八郎に突かれた三木ヱ門、半泣きである。

「と、とにかく!私は認めない!認めないぞ!それはデマだ!!いくら滝夜叉丸だからと言って、さすがにそこまで、」
「現実逃避はよくないと思うけど」
「あーあーあーあーあーあーあー!聞こえない!きーこーえーなーい!!」
「三木ヱ門くん、必死だね…」
「現実は残酷ですから」
「喜八郎くん、辛辣だね…」
「滝夜叉丸の頭が可哀相なことになっても、ぼくには特に関係ないですから」

さらっとひどいことを言った喜八郎に、思わずタカ丸は目頭を押さえた。

(ごめんね、滝夜叉丸くん…こんなことになるなら、もっと君とおしゃべりしたり遊んだりすればよかった…!大丈夫、これから僕はちゃんと君の友達でいるからね……!)

じゃあまずその噂を疑ってやれよ。

どこかで蒼い誰かさんが思わずそう突っ込んだが、彼等の耳に届くことはなかった。



*****



一方、ところ変わって。

「そうだ、
「んー…なあに、滝」

ごろりと滝夜叉丸の膝に転がったままぽけーっとしていたは、まどろみつつもなんとか返事を返した。
そんな様子を見た滝夜叉丸は呆れたように溜息をついて、てしっとの額をはたく。

「う。なにするのさ…」
「寝るな。重い」
「ん、わかった…善処しとく…」
「お前な…」

そ知らぬ顔でうりうりと滝夜叉丸の足に頭を摺り寄せているに再び溜息をつきたくなったが、どうせ聞かなかったことにするだろうから諦めることにした。まあそれを分かっていてやっているのだろうな、とも思ったが。

とりあえず、なんとなくの髪の一房を手で弄びつつも、滝夜叉丸は用件を口にした。

「日曜、暇か?」
「ひまー。だからたきが私に構えばいいとおもうー」
「動物園に行かないか?」
「どーぶつえん?」

不思議そうに滝夜叉丸に視線を向けたは、む、と眉を寄せた。いじっていた髪が少し絡まってしまったようだ。以前はこんなことは起こりえなかったのでなんだか新鮮で、妙な心地がして、滝夜叉丸は頬を緩めた。前のサラストな髪も好きだったが、今の髪だって嫌いじゃないのだ。
なんとか髪を傷つけることなく綺麗に絡まった箇所を解くとは満足そうに微笑んで、それで?と訊いてきた。

「なんでまた動物園?」
「きり丸がチケットを売っていたから買ったんだ、定価よりは安かったんでな」
「へえ…何処から手に入れたんだろうねえ」
「園内の売店でバイトをしたときに貰ったそうだ。つまり元手はタダだから定価より安く買えたわけだな」
「あは、定価で入手してたらきり丸かなりの高値で売りつけそうだもんねー」
「違いない」

くすくすと穏やかに笑いあうと、「で、だ」と自然な造作で滝夜叉丸は再びの髪を一房手に取ると、音を立てて口付けて気障ったらしく言った。

「お付き合い願えますか?お姫様」
「付き合ってあげますよ、Darlingいとしいひと
「…流れ的に私はお前をハニーと呼ぶべきなのか?」
「どうだろうねえ」

でもそれなら、いっそ日曜にいかにもバカップルというふうに振舞ってみるのも面白いかもしれない。そんなことを考えつつ、ゆるやかに意識は沈んでいく。こら、と嗜める声が聞こえたが、は聞かなかったことにする。滝夜叉丸の予想通り、は彼がなんだかんだで許してくれることをよーく知っていたので。


そんな風に和やかな時間を過ごしている二人は、今滝夜叉丸のどんな噂が流れていて、どんな反応をされているなんて、当たり前だが知る由もなかったのである。





*****
………デートまで行ってねえ…っ!
おそらく続きます。