「「「しほーろっぽーはっぽーしゅーりけん♪しほーろっぽーはっぽーやーぶれ♪」」」

天気もよい昼間から、元気よく歌いながら歩いていく小さな人影が三つ。
なかなか普通は歩きにくそうな山道ではあるが、そこは授業のランニングの成果なのか、あまり辛そうな様子はない。もちろん影が三つという時点でうすうす気が付いた方も居られるだろうが、影の正体は原作主人公’s、乱太郎・きり丸・しんべヱの三名である。せっかくの休みの日に山道なんぞを歩いている理由はこれまた定番、学園長の御遣いだ。

「ねぇ乱太郎、ぼくそろそろこの歌飽きてきたよ〜」
「まあ、行き道も同じの歌っていったしねえ…」
「ったく、学園長も本当にはた迷惑だよなー。この時間をバイトにまわせれば一体いくら稼げたことか…」
「きりちゃんってば…ほんとお金のことばっかり考えてるんだからもー」

終わったこと言っても仕方ないでしょ、と苦笑いしつつ乱太郎が宥めるが、それでも納得がいかないのか、きり丸はぶつぶつと文句を続ける。

「そもそもちゃんとした報酬を学園長がくれりゃーいい話なんだよなあ。ブロマイド筆頭に大抵碌なモン寄こすしゃしねーんだもん」
「うっ…それは確かに…」
「ぼくもどうせならおいしーいごはんとかー、お菓子とかがいいなあ…」
「だよなー。学園長のブロマイドとか需要ねーから一文にもなりゃしねえ…」
「ていうかなんでこんなにしょっちゅう私たちに回ってくるんだろうね、お遣い…絶対先輩たちに頼んだ方が早いと思うんだけど」
「それもそうだよな」
「なんでなんだろうねえ?」

多分それはトラブルメイカーの宿命とかいう奴だと思われる。もしくは主人公補正。
まあしかしそのようなメタ発言は3人のよい子達の知るところではないため、話はどんどん進んでいく。

「まあ、なんていうか…学園長に関してはもう諦めるしかなさそう…多分どうにもならないし」
「はいはーい!そんなわけで、コンブテンカンが必要だと思います!」
「昆布干すのか?…いくらくらいで売れっかなー」
「それは昆布の天干。…しんべヱ、もしかして気分転換のこと言いたかったの?」
「そうそうそれ!気分を変えること!」
「全然違うじゃない…」

思わず乱太郎は頬を引き攣らせたが、そんなことには構わず、というか全く気付かずにしんべヱは話を続けた。

「実は委員会のときに、せんぱいにいくつか歌を教えてもらったんだー」

せんぱいすっごく歌うの上手いんだよ〜♪と楽しげに話すのを聞いて、二人は例の眼鏡の、それでいて眼鏡を外すと実はキレイな顔をしている唯一マトモな4年生を思い浮かべた。歌ってるあのひと…あ、なんかわりとしっくりくるかも。歌とか上手くても全然違和感を感じない。

「いいなあ、私もせんぱいの歌聞いてみたいかも」
「タダで歌ってくれっかなー…」
「いやお金とらないでしょ多分!?」
「せんぱいはお願いしたら普通に歌ってくれるよー」
「まじで!?オレだったらここぞとばかりに料金を…!」
「それきりちゃんだけだからね?」
「ほんとにほんとに上手いんだよー。先輩の歌を聴いて小鳥とかが集まってくるぐらいなんだから!」
「……それ、もしかして見世物にして見物料とったら大儲け…うひゃひゃひゃひゃひゃ」
「ちょ、きりちゃん!?…きりちゃーん、戻ってきてよう」

目を小銭にしてどこかイってる笑い声をあげながら動きを止めてしまったきり丸を必死にゆさぶるものの、なかなかこちらに戻ってこない。乱太郎はもはや半泣きである。うわーん、早く帰ろうよきりちゃん!
一緒に慌てているかと思いきや、しんべヱはどこかそわそわしつつ、えへん。と咳払いをして。

「しょうがないから、ぼくがせんぱいに教わった歌を歌ってみせましょう〜」
「話が繋がってないよ!?ていうかしんべヱが歌って自慢したいだけでしょそれ!」
「…えへ、そうとも言うかも」

好き勝手に我が道を驀進しまくる友人たちに乱太郎は心が折れそうになった。うわあん不幸だー。
しかし1年は組の中では被害者の立場にいるものの、それ以外の者といる時はわりと彼は加害者である。
同学年生だろうと先輩だろうと先生だろうと凄腕忍者だろうと敵だろうと、ありとあらゆる者をマイペースに巻き込み好き勝手に翻弄する1年は組。君たちの将来がわりと切実に末恐ろしい。

とりあえず、しんべヱは自分の大好きな先輩に教えてもらった歌を歌いたくて仕方がなかったので、歌うことにした。多分こうなったきり丸しばらく帰ってこないしね!

「あるーぅひ、もりのなーかぁー♪」

がさり、とどこかで音がした。

「くまさんにー、であっ――――」

そして前方に黒いカタマリがぬそっとその体躯を起こした。
つややかな毛並み。大きな体。鋭い爪。爛々と光る眼。ぐるる、とうなり声が時折漏れる、ちらちら鋭利な牙を覗かせる口――どっからどう見ても熊です本当に。

「…………」
「…………」
「「「ほんとにでたあああぁぁぁあぁああぁああああ!!?」」」


唐突な熊の出現に慌てた3人は脱兎の如くその場を駆け出した。
走る。走る。走る。走る。走る。これまでこんなに本気で走ったことがなかったってくらいに走る。授業でもそのくらい頑張りなさい!!と先生たちに怒られそうなくらいに走る。
そして、ひとつの坂というか、山というか。とにかく上って、下りて、それからもういいかな、とそろり、後ろを振り返る。
すぐ後ろに黒い毛玉のカタマリが見えた。

――追いかけてきてるううううううう!!?

息も絶え絶え、もはや悲鳴も碌に出せないような状態で、3人はこれからの悲惨な末路を想像した。なにこれ泣きたい。

「しんべヱがあんな歌歌うからー!!」
「ぼくだってこんなことになると思ってなかったもん!」
「わーん死にたくないよおおおおお!」

泣こうと喚こうと、もはや大きな熊は目前に迫っている。万事休すと思わず身を縮めて目を閉じかけたその前に現れたのは、学園でも有名な、双子と見紛う日頃青い制服を纏っている先輩たちだった。

「おい、大丈夫かそこの乱きりしん!!」
「怪我はない!?」
「「「鉢屋三郎先輩と不破雷蔵せんぱい!」」」
「ちなみに俺たちもいるぞ!」
「間に合ってよかった」
「「「竹谷八左ヱ門せんぱい!久々知兵助せんぱい!」」」

現れた心強い味方達に徐々に乱太郎・きり丸・しんべヱの表情が明るさを取り戻していく。

「助かったあああ」
「せんぱいかっこいいです!」
「ふふ、そうだろうそうだろう!」
「ちょっと三郎、調子に乗らないでよね」

上がった歓声にまんざらでもなさそうに腕を組んで悦に入る三郎の頬を、雷蔵は思い切り抓り上げた。ついでに冷たい視線もおまけでつけておいた。喜べ、好きだろう?(好きじゃないよ!?by三郎)
こちらは流石と言うべきなのか、ちらりと二人のやりとりを横目で見つつも、八左ヱ門と兵助は警戒の姿勢を崩さない。

「そうだぞ、まだ熊は追い払えてないんだから」
「それにしても街に買い物に出た帰りに偶然通りかかってよかった!山の中に真新しい大型の獣の通った跡と子供の足跡が近くにあったから、もしかしてと思って念のため警戒してたんだ」
「はい、説明口調入りましたー」
「しんべヱ、それいっちゃだめ」
「相変わらずマイペースだなお前ら…」
「さっきまでびーびー泣いてたのに復活早すぎんだろ」

5年生たちが来たことですっかり持ち直したのか、いつものように茶々を入れてきさえするこの3人の図太さにはほとほと脱帽である。
それはともかくとして、まあ、とりあえず。

「お前らさっさと逃げとけ。ここはなんとかするからさ」
「えっ!?そんな、危ないですよせんぱい!」
「んー、でももしかしたら戦うかもしれないしねえ」
「そそ。お前らがいたら逆に危ないってわけ。気ィ取られちゃうかもしれないからな」
「ま、戦う前に生物委員として思いつく限りの手段は取ってみるつもりだけどなー」

もしかしたら学園の仲間が増えるかもしんねーぞ?
そうニカッと眩しい笑みを浮かべた八左エ門に頼もしさを感じつつも、3人は冷や汗が流れるのを感じた。
飼育している生き物を逃がすことに定評のある生物委員、そこに熊が仲間入りしたら…?あ、やばい。考えたら負けだこれ。
しかしまあ、いろいろ巻き込まれてわりと危険に慣れているよい子たちは引き際をちゃんと心得ていたので、言葉に甘えて早々に逃げることにした。

「せんぱい!ぼくたち、学園に戻って先生たちに知らせてきますから!!」
「それまでちゃんと無事にいてくださいよー!」
「すぐもどりますからー!」

言いながら駆けていく後輩たちを横目で見送りつつも熊を視界から外さず、残った4人はじりじりと熊と対峙する。下手に動けないのもあるが、熊が不用意に襲い掛かってこないのもこの膠着状態の原因だ。

「……なんか、普通の野生と違うのか?飢えてるってわけじゃあなさそうなんだが」
「ちょっと八、どうにかしなよこれ」
「えー…だってぶっちゃけ今使えそうなモノ碌に持ってねーし」
「後輩にあんだけかっこつけておいて!?」
「かっこつけたいだろ!?だって先輩なんだもん!」
「きもい」
「うざい」
「ハチざまあww」
「三郎、気持ち悪い」
「三郎。うざったい」
「倍率ドン!!?すごく傷ついたよ私!」
「とりあえず三郎黙れ。…苦無とかは少しは持ってるんだけどなー、できれば傷つけたくねーしなあ……」
「こんなときに動物愛護精神優先して全滅とかは勘弁だぞはっちゃん」
「わかってるけどさあ」

軽口を叩きながらも、こめかみのあたりに汗が伝っていくのを感じた。それにしても体躯が大きく、隙がなかなかない。このままおとなしく帰ってくれればなによりなのだが、どうしてかこの場から去る様子はない。しかし襲ってくる様子もない。このまま暫しお互いに様子見か、と腹を決めたそのとき、唐突に、長い黒髪を持った人影が4人の前に飛び出し、そして熊を――

殴 り 飛 ば し た 。

「「「「…………」」」」

……殴り飛ばした、だと……?

「って何やってんだアンタあああああああああ!!?」
「まさかのグーパン!?どんだけ肉体派!!?」
「あっしかも微妙に熊が乙女座りっぽい姿勢になってる!ノリいいなおい!!」
「…あれ?先輩たち」

思わず叫んだ一同に対し、振り返ってきょとんとした表情を見せたのは見慣れない紫色の瞳をした美しい少女。
…いや、この声はどこかで聞き覚えがあるような。

「……お前…」
「なんです?三郎先輩」
…か?」
「ですー。ですが」
「「「!?」」」

驚愕を隠せない様子を見て、そういえば眼鏡も頭巾もしてなかったっけ、となんともいえない顔で頭を掻きつつ、はにこりと微笑んだ。

「とりあえず。私はそっちの熊さんに用があるんですよねえ」
「っ!!そうだ、熊!」
「やっべ、あまりの衝撃で忘れてた」
「忘れるなよ!いや、俺も忘れてたけど!!」
、気をつけろ。さっきので気が立ってるかもしれない」
「問題ありません。むしろ気が立ってるのはこちらです」

そう言ったからはすっと表情が消え失せ、冷え冷えとした視線を黒い影に向けていた。見たことのない空気を纏った後輩の様子に、思わずごくりと息を飲む。
は、怒りを押し殺したような、低い声で言った。

「よくもうちの子に手を出したな…っ」

やはりかわいい後輩である1年生が襲われたのが許せないのか。動物と楽しそうに戯れている姿も知っているだけに、今との落差に戸惑いが隠せない。うかつに動くこともできず、しかし危なくなったらすぐに助けに入ろうと、気を張り詰めて、固唾を飲んで見守る。一歩、また一歩と、は近づいて、そして言った。

「できちゃった婚なんてこの私が許すと思ってるのかな?かなあ?まずはスライディング土下座から行ってみようか。もちろん白鳥のように華麗にお願いするよ」

……。

……。

……え、何の話?

ぽかーんとする5年面子をよそに、はひとりヒートアップして涙目になりつつ続ける。

「確かに体つきもいいし、強そうだし、頼りになりそうだけど。その辺の熊よりよっぽど男前だけど!うう、小雪ちゃん…お嫁さんに行くのはまだまだ先だと思ってたのに。思ってたのにいいいいい!」
「…ごめん、何の話だか全然わからない」
「俺も」
「僕も」
「俺もさっぱりわからん」

正直に挙手して尋ねてきた一同に、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりには腰に手を当て、徐に語りだした。

「そこの熊さん――熊さんってのは仮名ですけどね吾輩は熊である名前はまだない!――が、うちの小雪ちゃんを、小熊のころから可愛がって可愛がって蝶よ華よとこれでもかというくらいに可愛がってきた小雪ちゃんを!孕ませた挙句に嫁に貰いたいと言ってきやがったんですよ!!」
「えーと…誠意ある対応じゃね?」
「子供作る前に挨拶に来るのが筋ってもんでしょう!!?来ても許しませんけど!」
「どっちにしろ許さないんだ!?」
「あたりまえでしょううちの小雪ちゃんをどうしてどこぞの馬の骨、もとい熊の骨にっ」
「熊の骨っていうか、熊そのもの!?」
「え、ていうか知り合い?」

暫しの沈黙。十秒ほど黙って、は「ある意味」とぼそりと呟いた。

「連絡は受けてましたし…多分、私のところにお宅の御嬢さんを下さい!的な挨拶をしにきた熊さんです」
「さっき一年生追われてたんだけど!?」
「私の匂い嗅ぎつけたんじゃないですかね?学園までくる予定だったっぽいので」

一年生には悪いことしたなあ、とばつが悪そうな顔をするにもはや5年生たちは脱力するしかない。
へなへなと座り込んでいく傍らで、話の中心の熊はもそもそと土下座の姿勢を取ろうとしていた。
わーすげー。と観客気分で眺めていると、すかさずすぱーん!とハリセンでの指導が入る。何処から出したんだハリセン。

「誰がただの土下座しろって言った?私スライディング土下座しろって言ったんだけど?ほらしなよさっさとしなよそのくらいできなくて小雪ちゃんの婿に相応しいとでも?」
「そもそもすらいでぃんぐってなんだよ…」
「知るか…」

真面目に返答する気もおきやしない。知られざる後輩の一面をうっかり見てしまった一同は、なんかもうひたすら後輩と婿入りするらしい熊のやりとりをただ眺めることしかできなかった。





(どうしてこうなった)
(知らないよそんなの!)